2年前に、本当に短い期間だったけど恋人の関係にあった人
その人はこの春、あたしと付き合う前の彼女と結婚して今は東京でデザイナーをしている
大事な人です
今は関係は修復しているけれど、去年の夏前、本当に、本当に些細なくだらない事で絶縁する事になったあたし達
最後の電話は彼は怖いくらいに感情的で、あたしも考える事なく言葉を投げ続けた
その後、彼から届いた3通にも渡るメール
前の携帯に入っているそのメールをその時以来に読み返したら
一度受け止めた言葉とは思えないほどに言葉が心に突き刺さって
まるであのプライドを捨てた夜みたいに
ただ、泣いた
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笑顔がない、かっこつけてるおまえはかわいくないよ。
おまえ純粋で女の子らしい女なんだから、自分に嘘つくな。
純にこぎつけて、人をすぐ信用して尊敬するな!
一度尊敬したならそいつが最悪な事しても、人だからしかたないっていいきれ。そして自分をしっかり持て!
おまえに言いたいことはかなり沢山ある。おまえだけがいいたいわけじゃないんだよ。
わかりなよ、そんちゃん。
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今好きな人に、あたしは"かっこつけ"だと言われた
そして大抵の男には"強がり""素直じゃない"と言われる
昔からずっとそうだ
男は弱い女が好きな生き物なんだと半分皮肉ってる
確かにあたしはかっこわるい事が嫌いだ
だからかっこよく生きたいし、そうありたい
だけど、かっこつけてる自分とそうではない自分のボーダーが、もはや曖昧とも呼べないほどに曖昧なんだ
きっとかっこよく生きたいというのが信条な以上、全ての行動言動がかっこつけなんだろうな、要は
だけど、このメールの最初の一文を見てはっとした
"笑顔がないかっこつけてるおまえ"
そういえば、あたしに好意を持ってくれた人には「笑顔がいい」ってよく言われてた
そんな事考えた事もなかったけど、確かにしばらくその言葉は聞いてない
代わりに、目がエロいとか、雰囲気がエロいとか、オーラがあるとか、そんな言葉になっている
きっとそう言われたい見られたいが為のかっこつけなんだ
だから満足すべき現状であるべきはずなのに、少しもいい気がしないどころかあたしは悩んでいる
確かに、あんまり笑ってないな
考えてみたら、クールに笑うって意識が常にあるや
あたしの今の人脈って、そしてこの人徳って
"笑顔がないかっこつけてるおまえ"が築いてきたものだろうか
きっとあたしだけに限った事じゃないね
笑顔のない女の子は確かにかわいくない
そう言われるから、みんなあたしの事理解してくれないってなって余計笑えなくなるんだけどね
やっぱりあなたは大事な人だよ
あたしの人生のベクトルを動かして
何度も何度も救ってくれた
あなたと出会ってなかったらきっと
今あたしはギャルソンの服を着ていない
スナップのWEBサイトも作れてない
写真も撮ってない
もっともっと自分に自信がない
人を愛する事を知らない
こんなにも切ない感情を知らない
"おまえかわいいから自信持て"
"おまえもデザイナーになれば?"
"おまえの写真すごくいいよ"
あなたがあたしに見せてくれたこのクリエイティブなフィールド
あたしはここを自分の居場所と感じて日々生きてます
どこかを彷徨ってたあたしの手を引いてくれて
俯くあたしの顔を上げさせてくれて
初めてあたしの感性を認めてくれた人
こうして指先で語る尽くす事なんて到底出来ない
大事な人です
特別な言葉はいらなくて、ただ、大切な人です
3年に一度だった原点回帰が3ヶ月に1度のスパンになってきた
地元新札幌からおばあちゃんと過ごした思い出の家へ
裏の公園の思い出のベンチに座り空を見る
人生初バイトのファミレスがある南郷通りを白石方面に歩く
SMILE KITCHENという大好きなパン屋さんに寄って
昔の友達のおじいちゃんが所有する公園でその味に感動する
いつもは行かない通っていた保育園にも立ち寄ってみる
帰り道のあたしはいい顔をしていたと思う
新しい仕事が始まるまで時間があるので、明日は個人的に今一番熱い街"琴似"を散策する予定
そして月曜は・・・楽しみと行ったら不謹慎に聞こえてしまうような事なのであれなのですが、知らない世界を体験してきます。日記書くのでお時間あれば是非見ていただきたいです。
*今日1日をWILLCOMのカメラでいろいろと

SMILE KITCHEN
DATE:
札幌市厚別区厚別中央1条3丁目1-27
9:00-20:00(日・祝-19:00)
毎週月曜 他不定休あり
とにかく美味しくて店内の雰囲気もスタッフさんも素敵なお店です!
完全オーダーでピザも作ってくれたりしますよ

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聴けない曲
通りたくない道
着たくない服
食べたくない物
I'm a繊細人間18号
こういう精神状態時は、部屋に流れる音にも匂いにも食事にも異常に気を払う
少しでもこの2ヶ月の思い出とシンクロするともう、だめなんだ
あの時2人の間に流れてた空気が、色が、、
思い出が後悔に変わるのはとても辛い
押し寄せる感情に耐え切れず
財布と煙草を片手に家を出る深夜
Dejavu?
いや、昨日もその前の日もあたしは確かにここにいた
同じ事を考えていた
同じ人を想っていた
コンビニでデザートを買ったらスプーンを付けてくれなかった
それだけの事が、なんだかすごく悲しい
最近パーカーのフードを被って歩く事が多い
なんの変化だろう
RAFの服を着る彼を見たかった
死ぬほどかっこいいだろうな
あたしも私服で会いたかった
あの仕事は服が限られていたからね
でも次会えたら、素の自分で会える
今あなたの傍らにもあるだろう
あらゆる状況で互いを確かめ合う事が出来るその文明品
あたしのそれと繋がる事は無いのだけれど
いつ何時でも繋がれる安心感ゆえに軽薄になる人間関係
例に漏れず、その安心感に甘え振り回され生きてきたあたしは
この2ヶ月がどれほど貴重で幸せな時間だったのかと
思い返すたび息が詰まって視界が歪む
風化するどころかより色が増す
どこに行けば会えるの?
2人が出会った事に比べれば、もう1度どこかで会う事ぐらい容易く思えるのに
とはいえ、また必ず会えると信じているあたしは
DTMソフトでピアノを弾き、Photoshopで絵を描く
もう言葉だけじゃ足りないから
自分の内にあるあれもこれもそれも感情も、全部形にして伝えたい
他人はそんなあたしを1人よがりのロマンチストだとでも思うだろうか
でも、それがあたしだ
この感性、いたって単純な脳内プロセス
過去に付き合った人はみんなそれぞれ素敵な人だったけれど
彼はあたしにとって魅力的すぎた
どれだけ冗談が言える仲になっても
目が合う度に息が止まりそうになった
彼はあたしにとって魅力的すぎた


参戦中
あの朝がもし晴れていても、やっぱりあたしは言えなかっただろう
想いを伝えると決めた朝
あたしは好きな人を前にして
言葉に詰まって
「もういい」
なんて言葉を投げ捨てて
背を向けた
それが最後になった
連絡先は知らない
もう、会えない
大事に大事に育ててきた芽を
咲かす事も枯らす事も出来ず
自ら踏み潰したような
そんな、感覚
本当に大好きだったから
今まで自分がしてきた
よくある男女のノリみたいな
そういう態度で接する事は絶対出来なくて
1秒1秒がすごく大切で
少しずつ少しずつ
距離が縮まればいいなって思ってて
相手の一語一句と
深まる2人の雰囲気を噛み締めていて
壊れるのが怖くて
傷つけるのが怖くて
とても繊細な人だってあたしは思ってたから
下手に触れられずにいて
だけど結果こう
何が「もういい」だよ。少っしも良くないだろうよ笑
なにやってんだあたし
信じられない
情けない
こんなあたし見られたくなかった
今思えば
あの人はきっと、何度もチャンスをくれてたのに
バカヤROWだよ、
・・・・・
このまま諦められるわけない
こんなに大事な人に
ありがとうもさようならもない別れ方なんて
そんなの、ありえない
同じ街に住んでるとは言え
連絡先も知らず全く違う生活を送るあたし達は
普通ならきっとこれで終わる
だけど、まだ繋がっているものがあった
だから素直に、やっぱり縁があるんだって思いたい
もう1度だけ、あたしの声が届く距離で会いたい
今日からの時間
あたしは時間の経過に比例して想いが増していくけど
あの人はあたしを忘れていくと思うから
出来れば、1秒でも早く
3月12日
その日の朝はいつも通り夜勤明けでマックで同僚と始発待ちをしていたのだけど、6時半の時点で空はすでに明るくて、そしてなんだかとってもすがすがしかった。いつもの晴れた朝とは何かが少し違って、、、
そしてその日の午前中に
あたしの愛するおばあちゃんが亡くなりました
94歳の大往生でした。あたしの母親は間に合わなかったけど、母親の妹が看取ってくれて、苦しまず、眠るように逝ってくれたそうです、、、良かった。
あたしはおばあちゃんっ子でした。あたしと、まーちゃん、たかちゃんというめちゃくちゃ仲の良い従兄妹がいて、うちら3人は小学校に上がるまでずっとおばあちゃんに面倒を見てもらってた。
晩年はその従兄妹の母親夫婦の家でお世話になっていたけどそれまではずっとうちで一緒に暮らしていたから、世間一般的な孫と祖母の関係よりずっとずっと深いものなんだ。もう1人の母親だと思っていました。
ここ半年でおばあちゃんはかなり弱ってしまって何度か危ない事もあったので、あたしはずっと気が晴れない毎日でした。深い仲間には辛いんだよね的な事を良く言ってたかもしれない。
とても苦労をした人で、最初の夫を戦争で亡くし、再婚した夫(母親の父)も母親が中学生の時に病気で亡くしてる。それから女手一つで4人の息子と3人の娘を育てあげてきたんだから、、
そしてこれはお通夜の夜にみんなで話していたんだけど、おばあちゃんは本当に頭が良かった。
自身はものすごく優秀な成績で高校まで出ていて、長男は当時にしてみれば本当に稀な北大卒業者。
晩年も、新聞だけは隅から隅まで目を通して読んでた。だからあたし達より本当にいろんな事を知ってたよおばあちゃんは。芸能関係の事だってワイドショーのコメンテーターばりに喋ってたからね笑
7人の子供と14人の孫と4人の曾孫
仮通夜の時思ったよ。ここにいる人間、みんなおばあちゃんがルーツなんだよなってものすごく偉大に感じた。
そしてね、3日間久々に親族と過ごして、あたしこの家系に生まれてきてなんて幸せなんだろうって数え切れないくらい思ったよ。
お通夜が終わった後親族みんなで飲んで、あたしがある程度歳を重ねたのもあると思うけど、改めて尊敬出来る人達ばかりだなと思った。おばちゃんも、おじちゃんも、従兄妹も、みんな大好きだよ。
どうしてこんなにも良い人達ばかりなんだろう。ここにいる人間みんなに共通して言えるのは、みんな「人徳」があって、「気遣い」と「真面目さ」が特に長けているという事。
あたしなんて表面的には多分親族の中で一番不真面目だけど、根は誰よりもクソ真面目なのは自分でもわかってる。だから損したり悩んだりする。
従兄妹のたかちゃんも昔っからヤンチャ坊主で口悪くてやらかしてくれるんだけど、彼ほど優しくて人を気遣える人間をあたしは見た事がない。お母さんもお父さんもお姉ちゃんも、そんなたかちゃんの事を誇りに思っているんだよ。
お通夜の日の会場の仕事はうちら従兄妹がほとんどやった。そしてそんなうちらに感謝の言葉をかけてくる両親達。
おばあちゃん、素晴らしい子孫を残してくれたね。あたしはおばあちゃんの孫の名に恥じぬよう、人様に迷惑をかけず、人様の役に立てる人間になれるように生きていくよ。・・なんてあたしの口から言うと大袈裟かもしれないけど、火葬場のトイレでそう固く決心したんだ。
度々泣いてはいたけれど、訃報を聞いてからガッツリ泣き崩れる事はなかった。
あたしは昔は何があっても泣かない強い子だった。おばあちゃんにも「そんちゃんは強い子だ」って良く言われてたな。
だから最後は"強いそんちゃん"でいたかったのかもしれない。
それに、母親や、ずっと看病してたおばちゃんの手前で自分が泣き崩れるわけにはいかないよね。
だけどそう気を張るのもやっぱり限界があったのか、火葬場で拾骨待ちをしてる間にどうにもならない感情が押し寄せてきて、とりあえずトイレの個室に逃げてきたら、そこで崩れてしまった。30分、40分近く、子供みたいに泣いてしまったよ。おばあちゃん、どこ行っちゃったんだよって。
お坊さんは仏様になられたって言うけどなんだかしっくり来ないし、あたしはそっちの世界の知識も宗教の知識も皆無に等しい。だけど、こうなってみると極楽浄土や霊魂を信じたくなるよね。
よくわからないけどさ、あたし達がおばあちゃんを忘れずにいればそれでいいんだよねきっと。
おばあちゃんの死に顔、めっちゃくちゃキレイだった。
一番最初に見た時、あんまりキレイだったからドン底の気持ちも忘れて笑ってたよあたし。
94歳。シワは目の周りだけ、入院してる時は乾燥してたのになんだか肌がすごくツヤツヤしてたから、なんか塗ってるんだと思ったら・・なにもしてないって。触ったら赤ちゃんの肌みたいにハリがあって・・みんなで本当にキレイな人だねって何度もため息混じりに言ってた。信じられないくらいキレイだったんだよ。
その時からあたしはおばあちゃんは笑ってるように見えたんだ。湯灌(洗い清めて死に化粧などをする儀式)の時なんて特に。それを母親に言ったら、お母さんにはあまりそう見えないなって言われて・・・なんでだよって。絶対笑ってるだろって思ったけど、母親は何もしてあげれれなかったっていう後悔の念を持ってたからその時はそう見えたのかもしれない。それはあたしも同じなんだけどね・・
だけど出棺する時、本当に最後の時のおばあちゃんは誰がどう見ても笑ってた。あまりこういう言い方はしたくないけど、口角が明らかに上がってた。笑ってた。もう何も思い残す事なんてないって。
大正、昭和、平成
戦前、戦後の激動の時代を生き抜いてきた苦労はあたしには計り知れない。今の時代は今の時代の苦労があると言うけれど、あたしはそんなもの比にならないと思うよ。その間、2度も夫を亡くして、息子は3人も自分より先に先立たれてるしね。
おばあちゃん、大変だったね。苦労したね。でも、ああやって笑ってるんだから、きっと幸せだったよね。
お疲れ様でした
おばちゃんが死んで悲しいで終わらせてはいけない
当たり前だけど、この4日間はいつもの生活の4日間とは全く違うものでした
あたしは周囲で起こっている事や聞こえる言葉にこれ以上なく敏感になって、考える事をやめませんでした。なんて言っていいのかわからないけど、この経験を自分の糧にしようって思いでいっぱいでした。
いつか来てしまうであろう自分の母親の葬儀で恥じぬよう、覚えられる事は全て覚えたし、湯灌や葬儀社という職業の素晴らしさに気付いた。実は昨日から葬儀社関係の求人を探しはじめています。
おばあちゃん、
あたし絶対子供産む事に決めたよ。この遺伝子を絶やしたくないからね。
後悔がないっていったら嘘になる。だけどもうおばあちゃんいないから、その思いは自分の成長に変えられるように頑張るよ。
落ち着いたらおばあちゃんの遺品みんなで分けさせてもらうね。おばあちゃんの塗り絵、いろんな人に見てもらいたかったらさ、スキャンしてあたしがちょっと手加えてコラボして、このBLOGに載せようと思ってるよ。
ありがとう

第50回グラミー賞、主要4部門の3つを含む計5部門で最多受賞のAmy Winehouse
この報道後、
「グラミー賞の人SONに似てね!?w」
的な事を結構な人数に言われ・・・あたしは人の目にどう映っているのか考えちゃったよね。
まぁ、顔の作りは確かに似てるかも知れないが・・・
それよりゴシップに事欠かない波乱万丈っぷりの方が親近感湧くわw
確かにこれは名曲
時間が経つといろいろ見えてくるね
下手に文章にするとなんだか陳腐なトレンディドラマみたいになってしまいそうだから書かないけど
でも一つだけ
"無償の愛"
を与えられるのは自分の子供だけだと思ってた
だけど
彼には何も求める事はなかったです
所謂"見返り"なんてものは
彼が傍にいてくれる
あたしが彼を愛している
それだけでよかった
自分の全てを賭けて愛したと言い切れるよ
これからあいつが他の女を愛しても
変わらず大事に思えるよ
嘘じゃない
得意の強がりじゃない
まぁだけど、
、、、
あたしは音楽になりたいよ
なんて
あー、
またやばい経験しちゃったな
レベルアップ音が鳴り止まない
ちょっと本気出しすぎたなw
ありがとう
あたし頑張って生きてきてよかった
2/18
やっと泣き止めた
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別れ有れば出会い有りとはよく言ったものだけど
あまりに絶妙すぎるタイミングで
意識せずにはいられない人が現れた
やっぱり似た者同士は引き合うものなのかな?
それにしてもあたしの人生は・・・
もう少し物事がスローに流れてくれてもいいんじゃないかと正直思うw
久々に時間を忘れた
久々に有意義な話が出来た
久々に他人に興味を持った
いろいろ話してくれてありがとう
あたしも久々に自分の事人に話したよ
今からMIX作ります
どこまであたしの感性とシンクロするか楽しみだな
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